休職を考え始めた方が、まず検索するのが「休職手当」という言葉です。休むあいだの生活費がどうなるのかを知りたくて、その名前で探しています。
先にお伝えしておくと、「休職手当」という名前の公的な制度はありません。名前がないというだけで、休職中に受け取れるお金がないわけではありません。ただ、この言葉には性質のまったく違うものが3つ混ざっていて、そこを分けないまま調べると、会社に聞くべきことを健康保険に聞いてしまったり、その逆をしてしまったりします。
この記事は、休職中のお金の全体像を一枚の地図にすることを目的にしています。入ってくるお金と、休職中も止まらずに出ていくお金を、それぞれ一覧にしました。個々の制度の詳しい手続きは別の記事に分けてあるので、地図の上で自分の位置を確かめてから、必要なところだけ読み進めてください。
「休職手当」と呼ばれているものの正体
「休職手当」と呼ばれているものは3つに分かれます
この言葉でひとまとめにされているのは、次の3つです。根拠になっている決まりも、お金の出どころも、聞きに行く先も、それぞれ違います。
| 呼ばれ方 | 実際の名前 | 根拠 | お金の出どころ | 窓口 |
|---|---|---|---|---|
| 休職手当・傷病手当 | 傷病手当金 | 健康保険法 | 加入している健康保険 | 協会けんぽの都道府県支部、または健康保険組合 |
| 休職中の給与・見舞金 | 会社独自の制度 | 会社の就業規則 | 会社 | 人事・総務 |
| 仕事が原因のときの休職手当 | 休業補償給付・休業給付 | 労働者災害補償保険法 | 労災保険 | 労働基準監督署 |
いちばん多い誤解は、1行目と2行目の混同です。傷病手当金は健康保険から出るもので、会社が払うお金ではありません。逆に、休職中に会社が給与や見舞金を出すかどうかは、法律で義務づけられたものではなく、その会社が就業規則で決めていることです。出る会社もあれば、出ない会社もあります。どちらが普通ということもありません。
3行目は、体調を崩した原因が仕事にある場合です。この場合は健康保険ではなく労災保険の話になり、窓口も労働基準監督署に変わります。
休職中に入ってくるお金
考えられるものを一覧にしました。全部を使う人はほとんどいません。上から順に、自分に関係がありそうなものだけ見てください。
| お金 | 出どころ | 主な条件 | 額の目安 | 窓口 |
|---|---|---|---|---|
| 傷病手当金 | 健康保険 | 業務外の病気やケガ、連続3日の待期の後、給与が支払われていないこと | 標準報酬月額(支給開始日以前12か月間の平均)を30で割った額の3分の2。通算1年6か月まで | 加入している健康保険 |
| 年次有給休暇 | 会社 | 残日数があること | 通常の賃金 | 会社 |
| 会社独自の休職給・見舞金 | 会社 | 就業規則に定めがある場合 | 会社ごとに違う | 人事・総務 |
| 健康保険組合の付加給付 | 健康保険組合 | 組合の規約に定めがある場合 | 組合ごとに違う | 健康保険組合 |
| 休業補償給付・休業給付 | 労災保険 | 業務や通勤が原因で、賃金を受けていないこと。4日目から | 給付基礎日額の60パーセント、これに特別支給金20パーセント | 労働基準監督署 |
| 障害年金 | 年金制度 | 障害の状態や保険料の納付要件を満たすこと | 等級と加入制度による | 年金事務所、市区町村 |
| 生活保護 | 自治体 | ほかに使えるものを使ってなお生活が成り立たないとき | 世帯や地域による | 福祉事務所 |
傷病手当金
会社の健康保険に入っている方が、業務外の病気やケガで働けなくなったときの中心になる給付です。全国健康保険協会は傷病手当金の支給の条件として、業務外の病気やケガの療養のための休業であること、仕事に就くことができないこと、連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかったこと、休業した期間について給与の支払いがないことの4つを挙げています。
1日あたりの額は、支給開始日以前の直近12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額を30で割り、その3分の2にした額が目安です。支給期間は、支給を開始した日から通算して1年6か月です。
自分が対象になるかどうかで迷いやすい点は、傷病手当金がもらえないケースにまとめました。申請書の書き方は傷病手当金支給申請書の書き方にあります。
年次有給休暇
多くの会社では、休職に入る前にまず有給休暇を使う流れになります。有給休暇の日は通常の賃金が出るので、手取りは傷病手当金より多くなります。
ただし、給与が支払われた日には傷病手当金は支給されません。健康保険法でも、報酬を受けることができる期間は傷病手当金を支給しないと定められていて、報酬の額のほうが少ない場合にその差額を支給する仕組みになっています。有給休暇を先に使い切るか、いくらか残しておくかは、復職後の通院のことも含めて考える余地があります。
会社独自の休職給と、健康保険組合の付加給付
この2つは、あるかないかが人によって変わります。前者は勤め先の就業規則しだい、後者は加入している健康保険しだいです。
付加給付というのは、法律で決まった給付に上乗せして支払われるものです。健康保険法では、保険者が健康保険組合である場合に、規約で定めるところにより上乗せの給付を行うことができるとされています。つまり付加給付という仕組みがあるのは健康保険組合だけで、協会けんぽに加入している場合には、この上乗せはありません。
保険証や資格情報の発行元が「〇〇健康保険組合」になっている方は、組合のホームページで規約を見るか、事務局に問い合わせてみてください。上乗せがある組合では、傷病手当金に加えて一定額が支給されることがあります。
労災保険の休業補償給付
体調を崩した原因が仕事にある場合は、健康保険ではなく労災保険の対象になります。厚生労働省は、業務災害や通勤災害による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられないときに、休業4日目から給付基礎日額の60パーセントにあたる休業補償給付と、20パーセントにあたる休業特別支給金が支給されると説明しています。
ここで大事なのは、傷病手当金と同時には受け取れないということです。健康保険法には、同一の傷病について労働者災害補償保険法によって相当する給付を受けることができる場合には、傷病手当金の支給は行わないと定められています。どちらか一方です。
長時間労働やハラスメントが原因だと感じている場合は、労災として請求できるかどうかを労働基準監督署に相談する方法があります。判断が難しい領域なので、自己判断で決めてしまう前に窓口で聞くほうが確実です。
障害年金
休職が長引き、療養が年単位になってきたときに検討する選択肢です。詳しい条件と申請の実際は精神疾患での障害年金にまとめました。
ひとつだけここで触れておくと、同じ傷病で障害厚生年金を受けられるようになると、傷病手当金は原則として支給されなくなります。健康保険法にそう定められていて、障害年金の額のほうが少ないときに差額が支給される仕組みです。両方を満額で受け取れるわけではないので、順番を考えるときの前提にしてください。
生活保護
手元の資産や他の制度を使ってもなお生活が成り立たないときに、最後に残っている選択肢です。条件と申請の流れは生活保護を受けられる条件に分けて書いています。
休職中も出ていくお金
ここがこの記事でいちばんお伝えしたいところです。収入が減ることは想像していても、支出が止まらないことは意外と知られていません。
| 出ていくお金 | 休職中どうなるか | 相談先 |
|---|---|---|
| 健康保険料の本人負担 | 続きます。被保険者であるかぎり各月の保険料が発生し、その半分を本人が負担します | 会社、加入している健康保険 |
| 厚生年金保険料の本人負担 | 続きます。保険料率18.3パーセントを労使で折半するので、本人負担は9.15パーセントです | 会社、年金事務所 |
| 住民税 | 続きます。前年の所得に対して課されるため、収入が下がった年も前年分の請求が来ます | 市区町村の課税・納税の窓口 |
| 医療費(通院と薬代) | 通院が続く分だけかかります。自立支援医療で軽くできる可能性があります | 市区町村の障害福祉の窓口 |
| 診断書などの文書料 | 休職や復職のたびに必要になります。金額は医療機関によって違います | 医療機関 |
社会保険料の本人負担は止まりません
休職しても会社との労働契約は続いているので、健康保険と厚生年金保険の被保険者であり続けます。健康保険法では保険料は各月について算定され、被保険者と事業主がそれぞれ半分を負担すると定められています。厚生年金保険料率は18.3パーセントで固定されていて、これを事業主と被保険者が半分ずつ負担します。健康保険料の率は加入先によって違い、協会けんぽの場合は都道府県ごとに定められています。
免除の規定がまったくないわけではありませんが、健康保険法で保険料を徴収しないと定められているのは産前産後休業と育児休業等の期間です。私傷病による休職は、この免除の対象ではありません。
やっかいなのは払い方です。保険料を納める義務は事業主にあるため、給与が出ていたころは天引きで済んでいました。給与が止まると天引きができなくなるので、会社がいったん納めたうえで本人負担分を精算する形になります。ただしその方法は会社によって違います。毎月指定口座に振り込む会社、傷病手当金が入ってから月ごとに払う会社、復職後の給与からまとめて差し引く会社があります。あとでまとまった額を請求されて驚かないよう、休職に入る前か入った直後に「休職中の保険料はどう払いますか」と確認しておいてください。
住民税は前年の所得にかかります
住民税でつまずく方が多いのは、税額の決まり方が所得税と違うからです。地方税法では、所得割の課税標準は前年の所得について算定した金額とされ、賦課期日はその年度の初日が属する年の1月1日とされています。
つまり、休職して収入が減っても、その年に納める住民税は前の年に働いていたころの所得をもとに計算されています。休職1年目の負担がいちばん重く感じられるのはこのためです。
給与から天引きされる特別徴収も、給与の支給がなくなると続けられません。さいたま市は、育児休業や長期の欠勤、休職などで給与の支給がなくなる場合は給与からの徴収ができなくなるため、普通徴収に切り替えることができると案内しています。切り替わると、自宅に納付書が届いて自分で納める形になります。金額が変わるわけではないのですが、天引きで見えていなかった分が急に目に見えるので、負担感は大きくなります。
納めるのが難しいときに、相談できる仕組みがあります。地方税法には徴収猶予の定めがあり、納税者本人や生計を一にする親族が病気にかかり、または負傷したときなどで、一時に納付することができないと認められる場合には、その者の申請にもとづいて1年以内の期間を限って徴収を猶予することができるとされています。猶予にあたっては、その期間内に分割して納めさせることもできるとされていて、やむを得ない理由があるときはさらに延長することもできます。ただし延長を含めた期間は2年を超えられません。
猶予するかどうかを判断するのは市区町村です。申請すれば必ず認められるものではありませんし、必要な書類や条例で定められた手続きも自治体によって違います。それでも、滞納してから連絡が来るのを待つより、納期限が来る前に自分から相談するほうが、選べる方法は多く残ります。「病気で休職していて、一度に納めるのが難しい」と伝えるところから始めてください。
医療費
通院と服薬が続くと、月々の医療費がじわじわ効いてきます。精神科や心療内科への通院には自立支援医療という制度があり、条件を満たせば自己負担が1割になります。手続きと必要な書類は自立支援医療制度で精神科の通院費を1割にする手順にまとめました。
休職に入ってすぐに申請しておくと、その後の負担がかなり違ってきます。制度を知らないまま1年過ごしてしまうのがいちばんもったいないところです。
時間の流れで見た全体像
同じ休職でも、時期によって確認することが変わります。今どのあたりにいるかを見て、そこだけ読んでください。
休職に入った直後
やることは多くありません。診断書をもらい、就業規則の休職の規定を確認し、会社に伝えるところまでです。この段階の手順は休職の手続きと過ごし方に詳しく書いています。
あわせて、休職中の社会保険料をどう払うのかを会社に確認しておいてください。そして体調を崩した原因が仕事にあると感じているなら、健康保険ではなく労災の可能性があるので、早めに労働基準監督署に相談する道があります。
数か月たったころ
傷病手当金の申請は、一度出して終わりではありません。休んだ期間ごとに繰り返し出していく形になります。医師の証明が必要なので、通院を続けることがそのまま手続きを守ることになります。
このころに住民税の納付書が届くことがあります。前の年の所得にもとづく額なので、金額を見て驚くかもしれません。難しければ市区町村に相談できます。自立支援医療をまだ申請していなければ、この時期に手続きをしておくと後が楽です。
1年6か月が近づいたとき
傷病手当金の支給期間は通算1年6か月です。会社の休職期間の上限とは別に決まっているので、どちらの期限が先に来るのかを確かめておいてください。
復職を目指す場合は、この時期から段取りが動き始めます。復職はどう進むのかと、「休職したら終わり」は本当かが参考になります。療養が長引きそうなら、障害年金の検討を始める時期でもあります。
退職を考えるとき
退職しても、条件を満たせば傷病手当金を引き続き受け取れる場合があります。ただし条件が細かく、退職日の過ごし方ひとつで受けられなくなることもあるので、退職日を決める前に退職後の傷病手当金を読んでおいてください。
退職すると健康保険も変わり、住民税の納め方も変わります。ここは動く順番で結果が変わる場面なので、決める前に確認する時間をとってください。
どこに聞けばよいか
制度ごとに窓口が違うことが、この分野をわかりにくくしています。整理しておきます。
| 聞きたいこと | 聞く先 |
|---|---|
| 傷病手当金を受け取れるか、いくらか | 加入している健康保険(協会けんぽの都道府県支部、または健康保険組合) |
| 付加給付があるか | 健康保険組合の事務局 |
| 休職できる期間、休職中の給与、保険料の払い方 | 会社の人事・総務(根拠は就業規則) |
| 住民税の額、納付書、納付が難しいときの相談 | 市区町村の課税・納税の窓口 |
| 仕事が原因かもしれない場合 | 労働基準監督署 |
| 障害年金 | 年金事務所、または市区町村の年金の窓口 |
| 自立支援医療 | 市区町村の障害福祉の窓口 |
電話で聞くときは、名前を伝えなくても一般的な質問として答えてもらえることがほとんどです。会社に知られたくない事情があっても、健康保険や市区町村に確認すること自体は自由にできます。
今日は一覧を眺めるだけで大丈夫です
読み終えて、確認することが多いと感じたかもしれません。全部を今日やる必要はありません。
最初に効くのは2つだけです。ひとつは、自分が傷病手当金の対象になるかを確かめること。もうひとつは、休職中の社会保険料をどう払うのかを会社に聞いておくことです。この2つがはっきりすると、月にいくら入っていくら出るのかの輪郭が見えます。輪郭さえ見えれば、住民税も医療費も、順番に手を打っていけます。
ここに挙げた制度は、どれも名前を知っていて、窓口に問い合わせれば使えるものばかりです。まず名前を確かめるところから始めてください。
わたしたちは就労支援の現場で、休職中や休職を終えた方からお金の相談を受けることがあります。困っている方の多くは、制度を知らなかったというより、月にいくら入っていくら出るのかが分からないまま日を過ごしています。金額が正確に出そろわなくても構いません。入るものと出るものを一度書き出してみると、見通しが立たないことからくる不安のほうは、それだけで小さくなることがあります。
