休職が長引いて退職を考えはじめたとき、いちばん気がかりになるのが「会社を辞めたら傷病手当金は止まるのか」というところだと思います。結論から言えば、止まりません。条件を満たしていれば、退職したあとも残りの期間を受け取り続けられます。健康保険では、これを資格喪失後の継続給付と呼びます。

ただし、条件のひとつに、退職日の過ごし方で決まってしまうものがあります。ここを知らずに退職日を迎えると、それまでの手続きが整っていても、退職日の翌日から先が受け取れなくなります。あとから取り消せる種類の失敗ではないので、退職日を会社と決める前に読んでおいてください。

この記事では、退職の前後で何が変わるのかだけを扱います。傷病手当金そのものの条件(連続3日の待期や給与との調整、金額の計算)は傷病手当金がもらえないケースと、申請前に確認することに、申請書の各欄の書き方は傷病手当金支給申請書の書き方と記入例にまとめてあります。

退職後も受け取れる条件

全国健康保険協会(協会けんぽ)は、資格喪失後の継続給付について次のように説明しています。資格喪失の日の前日までに被保険者期間が継続して1年以上あり、被保険者資格喪失日の前日に、現に傷病手当金を受けているか、受けられる状態であれば、資格喪失後も引き続き支給を受けることができる、という書き方です。

申請書の記入の手引き(2026年6月版)では、これがもう少し細かく3つに分けて書かれています。

条件 内容
① 被保険者期間 資格喪失日の前日(退職日等)までに被保険者期間が継続して1年以上あること。任意継続被保険者だった期間、共済組合の組合員だった期間、国民健康保険に加入していた期間は除きます
② 退職日の状態 資格喪失日の前日(退職日等)に傷病手当金の支給を受けているか、または受けられる状態にあること
③ 退職後の状態 資格喪失後も引き続き同一の傷病により、療養のため仕事に就くことができない状態であること

用語がすこし分かりにくいので、言い換えておきます。資格喪失日は退職日の翌日です。したがって「資格喪失日の前日」は退職日そのものを指します。①と②はどちらも、退職日の時点で判定されるということです。

条文でも同じ形になっています。健康保険法第104条は、資格を喪失した日の前日まで引き続き1年以上被保険者であった者で、その資格を喪失した際に傷病手当金の支給を受けているものは、被保険者として受けることができるはずであった期間、継続して同一の保険者からその給付を受けることができる、と定めています。

ここで大事なのが最後の「同一の保険者から」という部分です。退職後に加入する保険が何になっても、お金を出すのは退職前に入っていた健康保険のままです。あとで詳しく書きますが、国民健康保険に切り替えても支給が続くのは、この条文があるからです。

退職日に出勤すると、そこで途切れます

退職日をはさんだ日の並び

退職日の前日まで連続3日以上休んでいること
退職日出勤しないこと
退職日の翌日資格喪失日
その後継続給付として受け取れます
在職中(会社の健康保険の被保険者)資格喪失後(継続給付)
被保険者期間が継続して1年以上あることが前提です。マスの幅は日数ではなく順番を表しています。

いちばん実害が大きいのがここです。

協会けんぽの病気やケガで会社を休んだとき(傷病手当金)のよくあるご質問には、退職日に出勤したときは、継続給付を受ける条件を満たさないために資格喪失後(退職日の翌日)以降の傷病手当金は支払えない、と書かれています。山形支部の説明では、退職日に労務に服した場合は資格喪失後に傷病手当金を受けられない、という言い方になっています。北海道支部の研修資料(令和8年3月)でも、退職日の前日までに連続して3日以上休業しており、退職日も休業していることが要件として図示されています。

つまり、退職日は休んでいることが条件です。

あいさつのための出勤はどうなるのか

ここは気になるところだと思います。協会けんぽの記載を見るかぎり、書かれているのは「退職日に出勤したとき」「退職日に労務に服した場合」という言い方だけで、あいさつのためであれば除く、荷物を取りに行くだけなら除く、といった例外は書かれていません

ですので、この記事では「あいさつなら大丈夫です」とは書けません。逆に「あいさつでも必ず駄目です」とも書けません。確実に言えるのは次の2つです。

  • 退職日に出勤しなければ、この条件でつまずくことはありません
  • 退職日に会社へ行く予定がある場合は、行く前に加入している健康保険へ確認したほうが安全です

退職日に会社へ行く理由があるとすれば、備品や保険証の返却、離職票などの受け取り、同僚へのあいさつあたりだと思います。返却や受け取りは郵送でもできますし、あいさつを別の日にすることもできます。退職日をどの日にするかを会社と相談する段階で、その日は出社しない前提にしておくのがいちばん確実です。

すでに退職日が決まっていて、その日に出社することになっているなら、日程をずらせないか会社に相談する価値があります。会社にとっては小さな調整でも、本人にとっては受け取れる金額が大きく変わる話になり得ます。

退職日までに待期が終わっていない場合

もうひとつ、②の条件でつまずく形があります。退職日の時点で、まだ支給が始まっていない場合です。

傷病手当金は、連続して3日間休んだあとの4日目から支給が始まります。退職日の直前に休みはじめた場合、退職日の時点ではまだ待期の3日間が終わっておらず、「受けられる状態」になっていないことがあります。北海道支部の研修資料でも、退職日の前日までに連続して3日以上休業していない場合が、条件を満たさない例として挙げられています。

待期の数え方そのものは傷病手当金がもらえないケースにまとめてあります。退職を前提に休みはじめるのであれば、退職日の前日までに連続3日の休みが終わっている状態にしておく必要がある、と覚えておいてください。

被保険者期間「継続して1年以上」の数え方

①の条件は、退職日までに健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あることです。

条文の書き方は「引き続き一年以上被保険者であった者」です。今の会社に1年以上いたかどうかではなく、健康保険の被保険者だった期間が途切れずに1年以上続いているかで見ます。ですので、転職して会社の健康保険が変わっていても、そのあいだが途切れていなければ、通算して数える形になります。

一方で、数に入れない期間もはっきり決められています。

期間の種類 1年以上の計算
会社の健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)の被保険者だった期間 数えます
任意継続被保険者だった期間 数えません
共済組合の組合員である被保険者だった期間 数えません
国民健康保険に加入していた期間 数えません

判断がつきにくいのは、転職のあいだに空白があった場合です。前の会社を辞めてから次の会社に入るまでのあいだ、国民健康保険に入っていた期間があれば、その期間は数に入りません。「引き続き」という条件をどこまで満たしているかは、実際の加入記録を見て保険者が判断します。

自分で数えて微妙だと感じたら、加入している健康保険に確認してください。協会けんぽであれば都道府県支部、健康保険組合であれば組合の事務局が窓口です。名前を出さずに、一般的な質問として聞くこともできます。なお、健康保険組合には組合ごとの付加給付や独自の運用があるので、組合に加入している方は特に、自分の組合の案内を基準にしてください。

退職後は国民健康保険に切り替えても受け取れます

ここは誤解がとても多いところです。

「国民健康保険には傷病手当金がないから、退職して国保に入ったら止まってしまう」と考えて、必要のない任意継続を選んでしまう方がいます。この心配は要りません。

理由は先ほどの条文にあります。継続給付は、退職前に加入していた健康保険(同一の保険者)から支払われ続けます。退職後に自分がどの制度に入るかとは、別の話です。国民健康保険に傷病手当金が原則ないのは事実ですが、国保から出るお金ではないので、そこは関係しません。

退職後に選べる制度と、傷病手当金の関係を整理すると次のようになります。

退職後に入る保険 継続給付の扱い
市区町村の国民健康保険 退職前の健康保険から継続給付を受けられます
退職前の健康保険の任意継続被保険者 退職前の健康保険から継続給付を受けられます

家族の健康保険の被扶養者になる選択肢もありますが、被扶養者と認められる収入の基準は健康保険ごとに運用が決められていて、傷病手当金も収入として見られます。この道を考えている場合は、家族が加入している健康保険に先に確認してください。

つまり、傷病手当金を受け取り続けたいという理由だけで任意継続を選ぶ必要はありません。協会けんぽの任意継続のページでも、任意継続被保険者期間中に発生した病気やケガによる傷病手当金は支給されないとしたうえで、在職中から継続して給付されている場合に限り引き続き申請できる、と説明されています。任意継続にしたから受け取れるようになるのではなく、継続給付の条件を満たしているから受け取れる、という順番です。

任意継続と国民健康保険のどちらを選ぶかは、保険料と扶養する家族の人数で比べるほうが実際的です。傷病手当金を判断材料にしなくて大丈夫です。

退職前と退職後で、手続きのどこが変わるか

申請書そのものは、在職中と同じ様式を使います。変わるのは記入する人と、書く内容の一部です。

項目 在職中の申請 退職後の期間の申請
1・2ページ目(自分が書く欄) 自分が記入します 自分が記入します。記号・番号は在職時のもの、仕事の内容は退職前の仕事の内容を書きます
3ページ目(事業主記入用) 会社に証明してもらいます 資格喪失日以降の期間だけの申請なら空欄で提出します
4ページ目(療養担当者記入用) 医師に証明してもらいます 変わらず医師の証明が必要です
提出先 加入している健康保険 退職前に加入していた健康保険

事業主の証明欄が空欄になります

申請書の3ページ目には、被保険者向けの案内としてこう書かれています。お勤め先の事業所に証明を受けてください、資格喪失日以降の期間に関する申請については、空欄でご提出ください、という文言です。北海道支部の資料では、申請期間が退職日以前の期間を含まない場合は3ページ目の添付そのものが不要と説明されています。

会社に連絡を取りづらい状態で退職した方にとっては、ここが実質的にいちばん大きな変化だと思います。退職後の期間については、会社に書類を回さずに手続きを進められます。

注意点は、退職日をまたぐ期間をまとめて申請するときです。その申請期間には在職中の日が含まれるので、その部分については会社の証明が必要になります。会社とやりとりしたくない事情があるなら、退職日までの分と、退職日の翌日以降の分を分けて申請するという進め方があります。分けて出せるかどうかは加入している健康保険に一度確認しておくと安心です。

なお、2ページ目の「被保険者の仕事の内容」の欄には、退職後の申請であれば退職前の仕事の内容を書きます。記号・番号もお勤めしていたときのものを書きます。欄ごとの詳しい書き方は傷病手当金支給申請書の書き方と記入例にまとめてあります。

失業保険(基本手当)とは同時に受け取れません

退職を決めると、ハローワークの手続きも気になってくると思います。ここは考え方を先に押さえておくと迷いません。

  • 傷病手当金は、働けない状態であることが前提の給付です
  • 雇用保険の基本手当は、働ける状態であることが前提の給付です

ハローワークの説明では、基本手当を受けられるのは、求職の申込みを行い、就職しようとする積極的な意思があり、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず職業に就くことができない「失業の状態」にある場合とされています。療養のために働けない状態が続いているあいだは、この定義に当てはまりません。ですので、両方を同時に受け取ることはできません。

これは「どちらかを捨てなさい」という話ではありません。順番の問題です。

受給期間の延長という手続きがあります

基本手当を受けられる期間は、原則として離職した日の翌日から1年間です。そのまま何もしないでいると、療養しているあいだに1年が過ぎてしまい、体調が戻ったころには受け取れる日数が残っていない、ということが起こります。

これを防ぐための手続きが、受給期間の延長です。病気やケガ、妊娠、出産、育児などの理由で引き続き30日以上職業に就くことができなくなったときは、その働くことのできなくなった日数だけ受給期間を延ばせます。延ばせる期間は最長で3年間なので、本来の1年と合わせて、離職の日の翌日から最長4年間まで広げられる形になります。

手続きの有無 基本手当を受けられる期間
延長しない 離職した日の翌日から1年間
延長する 1年間に、働けなかった期間(最長3年間)を加えた期間

申請の時期

申請できるのは、引き続き30日以上職業に就くことができなくなった日の翌日からです。大阪労働局の受給期間の延長の案内では、離職日の翌日(働くことができなくなった日)から30日を過ぎてから、できるだけ早急に提出する、と説明されています。

期限そのものは、平成29年4月1日の取り扱い変更により、延長後の受給期間の最後の日までとされています。ただし厚生労働省の案内には、申請期間内であっても申請が遅い場合は、受給期間延長を行っても基本手当の所定給付日数のすべてを受給できない可能性がある、という注意書きがあります。期限に余裕はありますが、遅らせて得になる手続きではありません

手続きは住所地を管轄するハローワークで行います。持ち物は離職票などですが、地域によって案内が違うので、行く前に電話で確認しておくと二度手間になりません。

一度でも働ける状態になったら

継続給付には、もうひとつ知っておいたほうがよい性質があります。

協会けんぽは、資格喪失後の継続給付について、いったん仕事に就くことができる状態になった場合、その後さらに仕事に就くことができない状態になっても傷病手当金は支給されない、と説明しています。記入の手引きの③の条件も、資格喪失後も引き続き同一の傷病により仕事に就けない状態であること、という書き方です。

在職中であれば、復職して、また体調を崩して休んだ場合に、通算1年6か月の範囲でふたたび受け取れる場面があります。退職後の継続給付では、そこが違います。途切れると、そこで終わります

だからといって、回復しても隠しておくべきだという話ではありません。医師の証明が必要な給付ですし、無理に受給を続けようとすることは体にも手続きにも良い結果になりません。伝えたいのは、退職後に受け取りながら回復を目指す場合は、この性質を知ったうえで、就労の再開を決めるタイミングを主治医と相談してほしい、ということです。復帰の進め方については復職の進め方も参考になると思います。

支給期間は通算して1年6か月です

期間の数え方は、在職中と変わりません。同一の傷病について、支給を開始した日から通算して1年6か月が上限です。退職したからといって数え直しにはならず、在職中に受け取った期間もそのまま通算されます。

退職を境に「あと何か月分残っているか」を確認しておくと、生活費の見通しが立てやすくなります。支給開始日は最初に傷病手当金が支給された日を指すので、初回の支給決定通知書を手元に置いておくと分かりやすいと思います。

退職後に決まりやすい、年金との調整

退職後の継続給付には、在職中にはない調整のルールがひとつあります。

健康保険法第108条第5項では、第104条の規定により傷病手当金を受けるべき者が、老齢または退職を支給事由とする年金の支給を受けることができるときは、傷病手当金は支給しない、と定められています。ただし、年金の額から一定の方法で計算した額が傷病手当金の額より少ないときは、その差額が支給されます。協会けんぽの申請書にも、老齢または退職を事由とする公的年金を受給していますか、という確認欄があり、受給している場合は傷病手当金の額を調整すると書かれています。

これは在職中には出てこない項目です。退職の前後で年金を受け取りはじめる予定があるなら、申請書に書き漏らさないようにしてください。

障害厚生年金や障害手当金との調整については在職中と同じ考え方で、同一の傷病について受けられるときは調整が入ります。障害年金そのものの申請については精神疾患での障害年金。もらえる条件と申請の現実にまとめてあるので、そちらを見てください。

退職日を決める前に確認しておきたいこと

最後に、退職の話が具体的になってきた段階で確認しておくとよいことを並べておきます。順番に見ていけば大丈夫です。

  • 退職日までに、健康保険の被保険者期間が継続して1年以上あるか。微妙なら加入先に確認する
  • 退職日の前日までに、連続3日の待期が終わっているか
  • 退職日に出勤する予定が入っていないか。入っているなら、日程を変えられないか相談する
  • 退職日をまたぐ期間の申請を、どう分けて出すか。会社に証明を頼む範囲がここで決まります
  • 退職後にどの健康保険に入るか。傷病手当金の受け取りとは切り離して、保険料で比べる
  • ハローワークの受給期間延長を、いつ申請するか

退職の手続きは、体調が悪い時期に会社と何度もやりとりしなければならないので、それだけで消耗します。ただ、この中で本当に期限がある種類のものは、退職日の出勤と受給期間の延長のふたつだけです。ほかは、体調が落ち着いた日に少しずつ進めても間に合います。

判断に迷うところがあれば、加入している健康保険の窓口に電話するのがいちばん早くて確実です。退職を考えていると伝えても不利になることはありませんし、退職前に条件を確認しておきたいという相談は、窓口にとってもよくある問い合わせです。休職中の手続き全体の流れを確認したい場合は、休職の手続きと過ごし方もあわせて見てみてください。

わたしたちは就労支援の現場で、退職したあとに相談へ来られる方に会うことが多いのですが、順番が入れ替わっていたと感じる場面があります。退職日が先に決まって、そのあとで受け取れるものを調べ始める形です。この記事に書いた条件は、どれも退職日より前にしか整えられません。退職を決める前に一度だけ、条件に自分を当てはめてみてください。