退職を考えはじめると、傷病手当金と失業保険という2つの名前が同時に視界に入ってきます。どちらももらえるのか、もらえないなら損をしない順番はあるのか、というところで手が止まる方が多いと思います。

先に結論をお伝えします。同じ時期に両方を受け取ることはできません。そして、どちらを選ぶかは損得で決めるものではなく、そのときの自分の状態で決まります。療養が必要なあいだは傷病手当金、働ける状態になってから雇用保険の基本手当、という順番です。

そうなると、残る問題は「いつ切り替えるか」と「切り替わるまでのあいだに、失業保険のほうが期限切れにならないか」の2つになります。実は後者に、退職後すぐ手を打っておく必要のある手続きがひとつあります。受給期間の延長です。ここを知らないまま療養していると、体調が戻ったころには基本手当を受けられる期間が終わっていた、ということが起こります。

この記事では、それぞれの制度の中身ではなく、時間軸だけを扱います。何を、どの順番で、いつ手続きするか。最後に1枚の表にまとめました。失業保険そのものの仕組み、つまり離職理由の扱いや受け取れる日数については病気で退職したときの失業保険を読んでください。

なぜ同時に受け取れないのか

どちらを受けるかは、今日の状態で決まります

今日の自分は、療養のために働けない状態か
働けない健康保険の傷病手当金。健康保険法第99条第1項の「療養のため労務に服することができないとき」の給付です
働ける雇用保険の基本手当。雇用保険法第4条第3項の「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態」への給付です
両方を禁じる条文があるわけではありません。同じ日について両方の要件を満たす状態が想定されていない、という形です。

理由は、2つの給付が正反対の状態を条件にしているからです。条文を並べてみると、はっきり見えます。

傷病手当金は「労務に服することができないとき」の給付です

健康保険法第99条第1項は、こう定めています。

被保険者(任意継続被保険者を除く。第百二条第一項において同じ。)が療養のため労務に服することができないときは、その労務に服することができなくなった日から起算して三日を経過した日から労務に服することができない期間、傷病手当金を支給する。

支給される期間は「労務に服することができない期間」です。働けない状態であることが、給付が続く条件そのものになっています。

基本手当は「労働の意思及び能力を有する」ことが前提です

一方、雇用保険法第4条第3項は、この法律でいう「失業」をこう定義しています。

この法律において「失業」とは、被保険者が離職し、労働の意思及び能力を有するにもかかわらず、職業に就くことができない状態にあることをいう。

「労働の意思及び能力を有するにもかかわらず」という部分が要です。働く気持ちがあって、働ける状態でもあるのに、仕事が見つからない。これが雇用保険のいう失業です。

ハローワークインターネットサービスの説明も同じ立て方になっていて、いつでも就職できる能力があるにもかかわらず職業に就くことができない「失業の状態」にあることを受給要件に挙げたうえで、基本手当を受けることができない例として「病気やけがのため、すぐには就職できないとき」を最初に挙げています。

両方を禁じる条文があるわけではありません

ここは正確に書いておきます。健康保険法第108条には傷病手当金と報酬・障害厚生年金・老齢退職年金給付などとの調整が細かく定められていますが、雇用保険の基本手当は出てきません。つまり「基本手当をもらったら傷病手当金を止める」と書いた条文があるわけではないのです。

同時に受け取れないのは、調整の規定があるからではなく、同じ日について両方の要件を満たす状態が想定されていないからです。働けないから傷病手当金を受けているのに、同じ日に「働ける状態です」と申告して基本手当を受け取ることはできません。

この理解の仕方をしておくと、判断に迷ったときの基準が1本で済みます。今日の自分が働ける状態かどうか。それだけです。

もうひとつ添えておきます。基本手当は、失業の認定という手続きを受けて支給されるものです。療養のために働けない状態が続いているのに、働ける状態だという前提で認定を受けると、話が変わってきます。ハローワークインターネットサービスは、偽りその他不正の行為で基本手当等を受けたり受けようとした場合には、以後これらを受けられなくなるほか返還を命じられ、さらに不正に受給した額の2倍に相当する額以下の金額の納付を命じられることがある、と説明しています。両方を受け取る裏技はありません。順番を守ることが、いちばん確実で、いちばん安全です。

順番は、療養が先、求職が後になります

要件の違いから、順番は自然に決まります。

時期 自分の状態 受けられるもの
療養中 療養のため働けない 健康保険の傷病手当金
回復後 働けるが仕事が決まっていない 雇用保険の基本手当

逆の順番、つまり先に基本手当を受け取っておいて、あとから傷病手当金に戻る、という進め方は基本的にできません。退職後の傷病手当金は資格喪失後の継続給付という形で支払われますが、全国健康保険協会は継続給付について、一旦仕事に就くことができる状態になった場合、その後さらに仕事に就くことができない状態になっても傷病手当金は支給されない、と書いています。

つまり退職したあとは、傷病手当金から基本手当への切り替えは一方通行だということです。この性質を知らずに「とりあえず失業保険の手続きをしておこう」と動くと、傷病手当金の側の扉が閉まります。急ぐ必要のある手続きではないので、順番を守ってください。

継続給付そのものの条件は傷病手当金は退職後も受け取れますに、傷病手当金を受けられるかどうかの判定は傷病手当金の条件は4つにまとめてあります。

いちばん先にやっておく手続きは、受給期間の延長です

ここがこの記事の中心です。

何もしないと、1年で期限が来ます

雇用保険法第20条第1項は、基本手当を支給する期間を、受給資格に係る離職の日の翌日から起算して1年と定めています。この1年を受給期間と呼びます。

問題は、療養している期間もこの1年が進んでいくことです。半年、1年と療養が続けば、体調が戻ったころには受給期間が終わっているか、残りわずかになっています。所定の日数が残っていても、受給期間を過ぎると受け取れません。

申し出れば、働けなかった日数だけ後ろにずれます

これを防ぐ手続きが、受給期間の延長です。根拠は同じ第20条第1項の括弧書きにあります。

当該期間内に妊娠、出産、育児その他厚生労働省令で定める理由により引き続き三十日以上職業に就くことができない者が、厚生労働省令で定めるところにより公共職業安定所長にその旨を申し出た場合には、当該理由により職業に就くことができない日数を加算するものとし、その加算された期間が四年を超えるときは、四年とする。

条文には妊娠・出産・育児しか書かれていませんが、「その他厚生労働省令で定める理由」の中身は雇用保険法施行規則第30条にあり、第1号が疾病又は負傷です。病気やけがで働けないことは、条文の言葉としてではなく省令の側に置かれている、という構造になっています。

延ばせる長さは、加算後の合計で最長4年です。ハローワークの説明では、本来の1年に加えて延長できる期間は最長3年、という書き方になっています。

手続き 基本手当を受けられる期間
何もしない 離職した日の翌日から1年
延長を申し出る 1年に、働けなかった日数を加えた期間(合計で最長4年)

なお、出発点の1年には例外が2つあります。第20条第1項第2号は所定給付日数が360日になる受給資格者(障害者手帳をお持ちの方などの就職困難者が当たります)について1年に60日を加えた期間、第3号は所定給付日数が330日になる45歳以上60歳未満の特定受給資格者について1年に30日を加えた期間としています。手帳を取ってから離職した方は、ここが1年ではなく1年60日から始まります。

大事なのは、働けなかった期間が消えるのではなく、後ろにずれるだけだという点です。療養に専念した時間のぶん、再出発の準備をする時間が確保される、と考えてください。

ひとつ誤解されやすい点を先に書いておきます。延長しても、受け取れる日数そのものが増えるわけではありません。増えるのは、受け取ってよい期間の長さのほうです。何日分受け取れるかは所定給付日数として別に決まっていて、延長はその日数を使い切るための時間を確保する手続きだ、と考えるとずれません。

申請できるのは、退職の翌日ではありません

ここが実務でいちばん間違えられるところです。

ハローワークインターネットサービスには、この措置を受けようとする場合には、引き続き30日以上職業に就くことができなくなった日の翌日以降、早期に申請していただくことが原則ですが、延長後の受給期間の最後の日までの間であれば申請は可能です、と書かれています。

条文の言葉に忠実なので少し分かりにくいのですが、都道府県労働局の案内はもっと噛み砕いています。大阪労働局は、受給期間の延長の案内で、病気やけがなどの場合の提出時期を「離職日の翌日(働くことができなくなった日)から30日を過ぎてからできるだけ早急に提出」と説明しています。

つまり、退職した翌日にハローワークへ行っても、この手続きだけはまだできません。退職したらすぐ、ではなく、退職日から30日たったら、と覚えておいてください。離職票が届くまでに時間がかかることを考えると、実際にはちょうどよい間合いになることが多いと思います。

期限には余裕がありますが、遅らせて得はありません

申請の期限は、平成29年4月1日から取り扱いが変わりました。厚生労働省の受給期間延長の申請期限の変更についてのリーフレットには、この変更で延長後の受給期間の最後の日までの間であれば申請が可能になった、と書かれています。以前のように「30日経過後1か月以内」といった短い期限ではありません。

ただし同じリーフレットには、申請期間内であっても、申請が遅い場合は、受給期間延長を行っても基本手当の所定給付日数の全てを受給できない可能性がある、という注意が添えられています。期限に間に合っても、残っている受給期間が短ければ、日数を使い切れないということです。

体調が許す日に、早めに済ませてしまうのが結局いちばん楽です。

窓口と、行けないときの方法

申請先は住所または居所を管轄するハローワークです。ハローワークインターネットサービスには「代理人又は郵送でも結構です」と明記されています。窓口まで行くのがつらい時期に、これは知っておくと助かる一文だと思います。

必要な書類は、申請書のほかに離職票や、働けない理由を証明する書類などです。地域によって案内の細かさが違うので、送る前に管轄のハローワークへ一度電話して、何を同封すればよいかを聞いておくと二度手間になりません。

退職の前にやっておくこと

順番の話をするうえで、退職の前にしか整えられないことがひとつあります。

健康保険法第104条は、資格喪失後の継続給付についてこう定めています。資格を喪失した日の前日まで引き続き1年以上被保険者であった者であって、その資格を喪失した際に傷病手当金の支給を受けているものは、被保険者として受けることができるはずであった期間、継続して同一の保険者からその給付を受けることができる、という書き方です。

条文が求めているのは、被保険者期間が継続して1年以上あることと、資格を喪失した際に傷病手当金の支給を受けていることの2つです。

なお、全国健康保険協会は、資格喪失日の前日(つまり退職日)に現に傷病手当金を受けているか、受けられる状態であればよい、という説明をしています。ここは条文そのものではなく、保険者による運用の説明です。

大事なのは、整えておく必要があるのは「受けられる状態」であって、申請書を出し終えていることではないという点です。退職日までに連続3日の待期が終わり、受けられる状態になっていないまま退職すると、条件を満たしません。逆に、その状態ができていれば、初回の申請書を出すのが退職後になっても構いません。傷病手当金はもともと、休んだ期間が過ぎたあとに申請する形の給付です。退職日の過ごし方によって条件を満たさなくなる場合があるので、退職日が具体的に決まりそうなときは、傷病手当金は退職後も受け取れますを先に読んでおいてください。

切り替えの判断は、3か所で別々に行われます

「いつ切り替えればいいですか」という問いには、ひとつの答えを出せません。判断する主体が3つあって、それぞれ見ているものが違うからです。

誰が 何を判断するか
主治医 療養が必要な状態かどうか。傷病手当金の申請書に意見を書きます
健康保険(保険者) 傷病手当金を支給するかどうか。医師の意見などをもとに決めます
ハローワーク 基本手当を支給するかどうか。就職できる状態かどうかを見ます

この3つは連動していません。主治医が就労可能と考えても、そのままハローワークの判断になるわけではありませんし、その逆もあります。ですので、切り替えの時期は3か所にそれぞれ確認しながら決めることになります。

タイミングを決めるうえで、先に来る出来事は2つあります。ひとつは、療養が一段落して働ける状態になること。もうひとつは、傷病手当金の支給期間が尽きることです。健康保険法第99条第4項により、支給期間は同一の傷病について、支給を始めた日から通算して1年6か月です。

どちらが先に来るかは人によって違います。回復のほうが先に来れば、そこで基本手当に移ります。1年6か月のほうが先に来た場合は、まだ働ける状態ではないので基本手当にも移れません。その場合は受給期間の延長を続けたまま、ほかの制度を検討することになります。期間の数え方とその先の選択肢は傷病手当金の期間は、支給開始日から通算して1年6か月ですにまとめました。

働ける状態になったと判断できたら、ハローワークで求職の申込みをします。延長していた受給期間をどう戻すかの手続きは窓口で案内してもらえるので、その日に何をすればよいかを電話で確認してから出向くと、体力の消耗が少なくて済みます。

雇用保険にも「傷病手当」があります

名前がとてもよく似ているので、順番の話の中に位置づけておきます。

雇用保険法第37条第1項の傷病手当は、受給資格者が離職後に公共職業安定所へ出頭し、求職の申込みをしたあとで、病気やけがのために職業に就くことができなくなった場合の給付です。ハローワークの説明では、求職の申込みをしたあとに15日以上引き続いて働けない場合が対象で、14日以内であれば基本手当が支給されるとされています。日額は基本手当の日額と同じです。

つまりこれは、いったん基本手当を受けられる状態まで回復したあとで、また体調を崩した場合の受け皿です。療養中の人が最初に使うものではありません。

健康保険の傷病手当金との関係も、条文にはっきり書かれています。第37条第8項は、認定を受けた日について健康保険法第99条の傷病手当金の支給を受けることができる場合には、傷病手当は支給しない、と定めています。名前は似ていても、重ねて受け取ることはできない仕組みです。

もうひとつ、30日以上働けなくなったときは、この傷病手当を受けるか、受給期間の延長を申し出るかを選ぶ形になります。施行規則第30条第1号は延長の理由となる疾病又は負傷から、傷病手当の支給を受ける場合のその疾病又は負傷を除いています。同じ病気で両方は使えない、ということです。どちらが向いているかは残っている日数によって変わるので、ハローワークで相談してください。

全体を1枚の時間軸にすると

ここまでの話を、時期ごとに並べ直します。

時期 受けられるお金 この時期にしておく手続き
在職中(休職中) 健康保険の傷病手当金 傷病手当金の支給申請を続ける。退職を考えはじめたら、在職中に支給が始まっている状態をつくる
退職の前後 傷病手当金(資格喪失後の継続給付へ移ります) 被保険者期間が継続して1年以上あるかを確認する。退職日の過ごし方を確認しておく
療養中(退職後) 傷病手当金の継続給付 退職日から30日たったら、受給期間の延長を申請する。窓口に行けなければ郵送や代理人でも可
回復後 雇用保険の基本手当 ハローワークで求職の申込みをして、受給の手続きを始める

この表の中で、期限があって、あとから取り返せないのは3行目だけです。ほかの行は、体調が落ち着いた日に少しずつ進めても間に合います。

働き方を選び直す段階まで進んだら、障害者雇用の求人はどこで探すのかも見てみてください。基本手当を受けながら仕事を探す時期に、選択肢がひとつ増えます。

今日は、日付をひとつ書き留めるだけで十分です

ここまで読んで、覚えることが多いと感じたかもしれません。全部を今日やる必要はありません。

今日していただきたいのは、退職日から30日後の日付を、カレンダーか紙に書いておくことだけです。受給期間の延長を申請できるようになる日です。退職日がまだ決まっていないなら、決まった日に書けば大丈夫です。

その日付さえ手元にあれば、あとは体調が許すときに、ハローワークに電話をかければ進みます。それ以外の判断は、療養が進んでから考えれば間に合うものばかりです。

どちらが先か、という問いに悩んでいたのだとすれば、答えはもう出ています。今のあなたは療養する時期にいて、順番はそこから始まります。先のことを決めておかなくても、順番のほうがあなたを運んでくれます。

わたしたちは就労支援の現場で、制度の切り替えのところでつまずいた方に会うことがあります。どちらの名前も知っていたのに、順番があることまでは知らなかった、という形が多いです。同時には受け取れないという一点さえ分かっていれば、あとは窓口で組み立てられます。