体調を崩して休むことになったとき、原因は仕事にあるとしか思えないのに、それを労災として申請できるのかどうかがわからない。そういう状態でこのページにたどり着いた方が多いのではないかと思います。
先に結論を置きます。適応障害は、労災の認定基準が対象としている疾病に含まれます。ただし、対象疾病であることと、実際に労災と認められることは別です。ここを分けておかないと、調べれば調べるほど混乱します。
この記事で扱うのは、認定基準の中身そのものではなく、実際に請求したときに何が起きるかです。どの用紙をどこに出すのか、会社が証明してくれないときはどうなるのか、認められたらいくら受け取れるのか、健康保険の傷病手当金とどちらで受けておくのか。手続きとお金の話に絞ります。
長い記事です。気になる章だけ拾って読んでもらって構いません。
適応障害は労災の対象になりうるのか
認定基準が対象としている疾病
厚生労働省は「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月1日付け 基発0901第2号)という通達で、仕事が原因の精神障害を労災と認めるかどうかの判断のしかたを定めています。その第1で、対象とする疾病がこう書かれています。
本認定基準で対象とする疾病(以下「対象疾病」という。)は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く。
適応障害は、このICD-10第Ⅴ章に分類される精神障害です。同じ通達は続けて、業務に関連して発病する可能性のある精神障害は主としてF2からF4に分類されるものだと述べています。適応障害はF4の範囲に入ります。
さらに、この通達の第7「療養及び治ゆ」には、療養期間の目安を説明するくだりで適応障害という病名がそのまま出てきます。うつ病の経過にふれたあと、適応障害の症状の持続は遷延性抑うつ反応の場合を除いて通常6か月を超えない、という記述があります。つまり適応障害は、この認定基準が想定の外に置いている病気ではありません。
対象疾病であることと、認められることは別です
とはいえ、対象疾病であることは入口にすぎません。実際に認められるかどうかは、このあと説明する3つの要件を満たすかどうかで決まります。
数字も見ておきます。厚生労働省が令和8年7月15日に公表した令和7年度の「過労死等の労災補償状況」によると、業務災害に係る精神障害に関する事案の請求件数は4,958件、支給決定件数は1,082件でした。請求はその年度中に出されたもの、支給決定はその年度中に認定されたもので、前の年度以前に請求されたものを含みます。ですから両者を割り算して認定率とするのは正しくありません。それでも、請求した全員が認められるわけではない、という感触はつかめると思います。
この数字を見て気持ちが沈んだ方がいるかもしれません。ただ、認められなかった場合でも、健康保険の傷病手当金という別の支えが残ります。労災の請求は、他の選択肢を捨てて挑む一発勝負ではありません。
認定の要件は3つあります
同じ通達の第2に、認定要件が3つ並んでいます。原文はこうです。
1 対象疾病を発病していること。 2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。 3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。
この3つをすべて満たす場合に、業務上の疾病として取り扱うという立て方です。
2つ目の「業務による強い心理的負荷が認められること」をどう判断するかには、細かい評価のしくみが用意されています。そこはこの記事では扱いません。基準の読み方は精神障害の労災認定基準の読み方にまとめました。ここで押さえておきたいのは、判断するのは本人でも会社でもなく労働基準監督署だということです。監督署は、発病前おおむね6か月の間に職場で何があったかを調べ、医師の意見を求めたうえで結論を出します。
だから、自分の受けた出来事が「強い」に当たるかどうかを自分で採点して、当たらないと思うから請求しない、という決め方をしなくて大丈夫です。出すかどうかを決める段階で必要なのは、そこまでの判断ではありません。
なお、何があったのかを後から思い出すのは想像以上に大変です。日付と出来事のわかるものが手元にあると、調査のときに役に立ちます。記録が残っていれば残しておいてください。
請求はどこに、どの用紙で出すのか
ここからがこの記事の中心です。
提出先は労働基準監督署です
労災の請求書を出す先は、所轄の労働基準監督署長です。会社に出すのでも、健康保険の窓口に出すのでもありません。用紙は厚生労働省のサイトからダウンロードでき、労働基準監督署の窓口でももらえます。郵送での提出も受け付けられますが、厚生労働省のパンフレットは、漏えいや紛失を防ぐため簡易書留など追跡できる方法をすすめています。
会社を通さずに自分で出せる、というのは知っておいて損のないことです。会社に相談してから、と考えて動けなくなっている方が多いところですが、順番は逆でも構いません。休むこと自体の進め方に迷いがある方は、休職の手続きと過ごし方を先に読んでおくと、会社に何を伝える必要があるのかが整理できます。
治療費と、休んだ分は、別の用紙です
労災の給付は種類ごとに用紙が分かれています。精神障害で休んでいる方に関係するのは、主に次の2つです。
| 何のための給付か | 様式 | 正式な名称 | 出し方 |
|---|---|---|---|
| 治療を受ける | 様式第5号 | 療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の給付請求書 | 受診している労災保険指定医療機関等を経由して労働基準監督署長へ |
| 立て替えた治療費を返してもらう | 様式第7号 | 療養補償給付及び複数事業労働者療養給付たる療養の費用請求書 | 労働基準監督署長へ直接 |
| 休んだ期間の生活費 | 様式第8号 | 休業補償給付・複数事業労働者休業給付支給請求書 | 労働基準監督署長へ直接 |
いずれも仕事が原因の場合(業務災害・複数業務要因災害)の様式です。通勤が原因の場合は様式第16号の3、様式第16号の5、様式第16号の6と、別の番号になります。様式番号は改正されることがあるので、実際に使うときは厚生労働省のダウンロードページで現行のものを確認してください。
療養については、労災病院や労災保険指定医療機関で受けるなら様式第5号を病院経由で出す形になり、窓口で治療費を払う必要がありません。指定医療機関でないところにかかっている場合は、いったん自分で払って、様式第7号で返してもらう流れになります。いま通っているクリニックが指定医療機関かどうかは、受付で聞けば教えてもらえます。
休業の請求は1か月ごとが一般的です
休業(補償)給付は、一度出せば毎月自動で振り込まれるものではありません。厚生労働省のパンフレットは、休業が長期にわたる場合は1か月ごとの請求が一般的だと説明しています。毎月、その月の休んだ日数について請求書を出していく形になります。
休業特別支給金という上乗せの給付もありますが、こちらは別に申請書を書く必要はありません。パンフレットによれば、原則として休業(補償)等給付の請求と同時に行うことになっていて、様式も同じです。
医師の証明が要ります
請求書には、診療を担当した医師などが証明する欄があります。様式第8号なら、療養のため働けなかった期間について医師の証明を受けることになります。通院のときに「労災の請求書に証明をお願いしたい」と伝えて用紙を渡す形になります。
証明にいくらかかるかは医療機関によって違います。費用の扱いを知りたいときは、通っている医療機関と労働基準監督署の両方に確認してください。診断書そのものを医師にどう頼めばよいかは、診断書のもらい方にまとめています。
会社が証明してくれないときはどうなるか
読んでいて、いちばん引っかかるのがここだと思います。
用紙に事業主の証明欄はあります
様式第5号にも様式第8号にも、事業主が証明する欄があります。休んだ期間や賃金の支払い状況など、会社しか書けない事項があるためです。
会社が素直に書いてくれるとは限りません。労災が認められると保険料に影響するのではないかと考える会社もありますし、そもそも仕事が原因だという前提を認めたくない会社もあります。
拒まれても、請求はできます
厚生労働省の請求手続のパンフレットには、請求書の記入例の事業主証明欄のところに、次の説明が添えられています。
また、働いていた会社が廃止されている場合や、会社が事業主証明を拒否するなど、事業主証明が得られない場合であっても労災請求はできますので、最寄りの都道府県労働局または労働基準監督署にご相談ください。
同じ文は、療養(補償)等給付の請求手続のパンフレットにも、休業(補償)等給付・傷病(補償)等年金の請求手続のパンフレットにも、繰り返し書かれています。事業主の証明は、請求を受け付けてもらうための条件ではありません。
やり方としては、証明欄を空けたまま労働基準監督署に持って行き、会社に証明を求めたが得られなかった、という事情を伝えます。書き方や、あわせて出したほうがよい資料については、その場で教えてもらえます。
そもそも会社には証明する義務があります
労働者災害補償保険法施行規則第23条第2項は、こう定めています。
事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない。
同じ条の第1項には、保険給付を受けるべき者が事故のためみずから請求その他の手続を行うことが困難である場合には、事業主はその手続を行うことができるように助力しなければならない、という定めも置かれています。証明は会社の好意ではなく、規則で定められた義務です。会社に依頼するとき、後ろめたく感じる必要はありません。
なお、会社の側にも言い分を出す道が用意されています。同規則第23条の2は、事業主が保険給付の請求について労働基準監督署長に意見を申し出ることができると定めています。会社が反対の意見を出したとしても、それで請求が終わるわけではなく、監督署が両方の話を聞いて判断する、という組み立てになっています。
認められたときに受け取れるお金
休業した分は60%に20%が加わります
労働者災害補償保険法第14条第1項は、休業補償給付について、療養のため労働することができないために賃金を受けない日の第4日目から支給し、その額は1日につき給付基礎日額の100分の60に相当する額とすると定めています。
これに加えて、社会復帰促進等事業から休業特別支給金が給付基礎日額の20%支給されます。厚生労働省のパンフレットは、この2つを次のように並べています。
- 休業補償給付、休業給付 =(給付基礎日額の60%)× 休業日数
- 休業特別支給金 =(給付基礎日額の20%)× 休業日数
給付基礎日額は、原則として労働基準法の平均賃金に相当する額です。おおまかには、病気の発生が確定した日の直前3か月間に支払われた賃金の総額を、その期間の暦日数で割った1日あたりの賃金額になります。ボーナスや臨時に支払われる賃金は含みません。
最初の3日間はどうなるか
待期の3日間と、労災保険から支給が始まる日
休業の初日から3日目までを待期期間といい、労災保険からの休業(補償)給付は出ません。ただし業務災害の場合は、この3日間について事業主が労働基準法にもとづく休業補償(1日につき平均賃金の60%)を行うことになっています。厚生労働省のパンフレットにそう明記されています。通勤災害や複数業務要因災害の場合は、事業主の補償責任についての法令上の規定はありません。
もし事業場が廃止されているなどの理由でこの3日分の休業補償を受けられない場合には、休業補償特別援護金という制度が用意されています。
治療費は原則として自己負担がありません
療養(補償)給付について、厚生労働省のパンフレットはこう説明しています。
「療養の給付」は、労災病院や労災保険指定医療機関・薬局等(以下「指定医療機関等」といいます)で、無料で治療や薬剤の支給などを受けられます(これを現物給付といいます)。
給付の対象には治療費、入院料、移送費など通常療養のために必要なものが含まれます。通院にかかった交通費も、居住地または勤務先から原則として片道2キロメートル以上であるなど一定の条件を満たせば支給の対象になります。
いつまで続くのか
療養(補償)給付も休業(補償)給付も、傷病が「治ゆ」するまでの給付です。労災保険でいう治ゆは、健康な状態に完全に戻ることだけを指すのではなく、症状が安定して、これ以上治療を続けても効果が期待できなくなった状態(症状固定)を含みます。治ゆ(症状固定)となったあとは、療養(補償)等給付も休業(補償)等給付も支給されません。
精神障害についても同じ考え方です。認定基準は、心理的負荷による精神障害はその原因を取り除いて適切な療養を行えば全治し、再度の就労が可能となる場合が多い、と述べています。
傷病手当金と、どちらで受けておくのか
同じ期間について両方は受けられません
健康保険法第55条第1項は、療養の給付や傷病手当金などの支給について、同一の疾病・負傷・死亡に関して労働者災害補償保険法の規定によりこれらに相当する給付を受けることができる場合には、行わないと定めています。
条文が「受けた場合」ではなく「受けることができる場合」となっている点が大事です。労災に該当する傷病は、そもそも健康保険の給付の対象外だ、というのがこの条文の建て方です。だから、仕事が原因の病気について健康保険証を使って治療を受けていた場合、あとで労災と認められると、健康保険で受けた分の精算が必要になることがあります。休業についても同じで、同じ期間について労災の休業(補償)給付と傷病手当金の両方を受けることはできません。
申請している間はどうするか
ここが実務でいちばん悩ましいところです。労災の調査には時間がかかります。その間、収入がないまま待ち続けるわけにはいきません。
一般論として言えることには限りがあります。労災の決定を待つ間に傷病手当金を受けておき、労災が認められたら精算する、という進め方が取られることもありますが、どう扱うかは加入している健康保険の保険者の運用にもよります。断定できる話ではないので、この記事で答えを出すことはしません。
代わりにお伝えできるのは、聞く先が2つあるということです。労働基準監督署と、加入している健康保険の保険者(全国健康保険協会の都道府県支部または健康保険組合)の両方に、いま労災を請求中であることを伝えて相談してください。片方だけに聞くと、どちらの説明も自分のところの話しかしていないので、あとで食い違いが出ます。
傷病手当金の側の条件を先に確かめておきたい方は傷病手当金の条件は4つを、休んでいる間の収入と支出を全体として見渡したい方は休職中に受け取れるお金と出ていくお金の全体像を読んでください。
時間がかかること、退職後のこと、時効のこと
調査には時間がかかります
精神障害の事案では、労働基準監督署が発病前おおむね6か月の間に職場で何があったかを調べます。関係者からの聞き取りが必要になりますし、認定基準は主治医の意見を求めたうえで判断するとしていて、事案によっては専門部会に協議することも定めています。手続きの性質上、時間がかかります。
どのくらいで結論が出るかは事案によって違います。見通しを知りたいときは、請求先の労働基準監督署に直接聞くのが確実です。制度についての一般的な質問であれば、厚生労働省の労災保険相談ダイヤル(0570-006031、平日8時30分から17時15分)でも受け付けています。
退職しても請求できます
労災保険の給付を受ける権利は、会社を辞めたことで失われるものではありません。むしろ手続きの面では軽くなる部分があります。厚生労働省のパンフレットは、2回目以降の休業の請求が離職後である場合には、事業主による請求書への証明は必要ないと案内しています。ただし、その請求で対象になる療養のため働けなかった期間の全部または一部が離職前にかかる場合は、証明が必要です。
時効は2年です
見落とすと取り返しがつかないので、最後に置いておきます。労働者災害補償保険法第42条は、療養補償給付、休業補償給付などを受ける権利は、これらを行使することができる時から2年を経過したときは、時効によつて消滅すると定めています。障害補償給付と遺族補償給付は5年です。
休業(補償)給付については、療養のため働けないために賃金を受けない日ごとに請求権が発生し、その翌日から2年と数えます。療養の費用については、費用の支出が確定した日の翌日から2年です。療養の給付(病院で現物として受けるもの)は現物給付なので、時効は問題になりません。
「落ち着いてから考えよう」と思っているうちに2年が過ぎることは、実際に起こります。すぐに全部を進められなくても、期限があることだけは頭の隅に置いておいてください。
決定に納得できないとき
不支給の決定が届いても、そこで終わりではありません。労働者災害補償保険法第38条第1項は、保険給付に関する決定に不服のある者は労働者災害補償保険審査官に審査請求ができ、その決定に不服のある者は労働保険審査会に再審査請求ができると定めています。同条第2項には、審査請求をした日から3か月を経過しても決定がないときは、審査官が請求を棄却したものとみなすことができる、という定めもあります。
手続きの期限や書き方は、決定通知に書かれているほか、労働基準監督署でも教えてもらえます。
今日は、電話を1本かけるだけで十分です
ここまで読んで、やることが多いと感じたと思います。全部を今日やる必要はありません。
いちばん効くのは、最寄りの労働基準監督署に電話をして、いまの状況を話してみることです。名前を伝えなくても、一般的な相談として聞いてもらえます。用紙をもらうところから始めても構いませんし、そもそも請求できる話なのかを確かめるだけでも構いません。
この記事でいちばん覚えて帰ってほしいのは、たったひとつです。会社が証明してくれなくても、請求はできます。ここでつまずいて申請そのものをあきらめる方が多いのですが、厚生労働省が繰り返し書いているとおり、証明が得られない場合であっても請求はできます。会社の同意を得るという段階を、自分に課さなくて大丈夫です。
そして、労災が認められなかったとしても、傷病手当金という別の支えが残ります。どちらか一方に賭けなければならない場面ではありません。いまは、体調を戻すことのほうが先です。制度は、名前を知って窓口に問い合わせれば使えるものばかりですから、順番はあとからでも間に合います。
わたしたちは就労支援の現場で、労災という選択肢を知らないまま療養してきた方に会うことがあります。会社が認めてくれないと申請できないと思っていた、という話をよく聞きます。決めるのは労働基準監督署なので、迷っている段階で相談してしまって構いません。
