申請書は書けた、医師の証明ももらえた。あとは会社に3ページ目を書いてもらうだけ、というところで止まってしまうことがあります。
「そういう制度はうちではやっていない」「前例がない」「今は忙しいから」。返ってくる言葉はいろいろですが、渡した申請書がそのまま返ってこない、という状態がいちばんつらいと思います。体調が悪いときに催促を続けるのは、それだけで消耗します。
ここでは、会社が書く欄が制度のなかでどういう位置づけなのかを法令で確認したうえで、渋られたときにどう動けるかを整理します。申請書そのものの書き方は傷病手当金支給申請書の書き方にまとめてあるので、そちらと合わせて読んでください。
傷病手当金は、会社が払うお金ではありません
最初に、いちばん誤解されやすいところを確認しておきます。
傷病手当金は健康保険からの給付です。健康保険法第99条に、被保険者が療養のため労務に服することができないときは、休みはじめて3日を過ぎた日から傷病手当金を支給する、と書かれています。支払うのは保険者、つまり全国健康保険協会(協会けんぽ)か、加入している健康保険組合です。会社の口座からあなたに振り込まれるお金ではありません。
その原資も、会社だけが負担しているものではありません。協会けんぽは費用の負担について「保険料は、事業主と被保険者が折半で負担します」と説明しています。毎月の給与から健康保険料が引かれているはずですが、あれと同じ額を会社も出していて、そこから給付がまかなわれています。あなたが自分で払ってきた保険料が含まれているということです。
ここを押さえておくと、話がすこし変わります。会社にお願いしているのは、お金を出してくださいということではありません。休んでいた期間について、事実はこのとおりですと書いてください、というお願いです。
会社が書くのは「許可」ではなく「証明」です
会社が記入するのは、申請書の3ページ目です。協会けんぽの記入の手引きには、事業主記入用のページについて「労務を服することができなかった期間(申請期間)の勤務状況、賃金支給状況等をご記入ください」と書かれています。
具体的に書く内容は2つだけです。
- 申請期間のうち、出勤した日はどこか(出勤した日付を丸で囲む形式です)
- 出勤していない日に対して報酬などを支払った日があれば、その日と金額
法令の側から見ても同じです。健康保険法施行規則第84条第1項は、傷病手当金の申請書に書く事項を並べていて、そのうち第4号が「労務に服することができなかった期間」、第5号が「報酬の全部又は一部を受けることができるときは、その報酬の額及び期間」です。そして同条第2項第2号が、申請書に添付する書類として「前項第四号、第五号及び第八号に関する事業主の証明書」を挙げています。
つまり事業主の証明は、休んだ期間と、その間の給与についての事実確認に限られています。申請書の3ページ目に会社が記入するのは、本来なら別紙で出すはずの証明書を申請書に直接書いてもらう形です。施行規則第110条に、申請書に相当の記載を受けたときは証明書の添付を要しない、と定められているためです。
ここに「会社が支給を認める」という要素はどこにも入っていません。支給するかどうかを判断するのは保険者であって、会社ではありません。医師が労務不能と認めた期間を書くのも4ページ目の療養担当者の欄で、会社の欄ではありません。
会社の担当者が「うちで判断できない」「そんな責任は負えない」と言うときは、この位置づけが伝わっていないことが多いように思います。責任を負う話ではなく、出勤簿と賃金台帳を見て書き写す作業です。
事業主は、正当な理由がなければ拒むことができません
もうひとつ、知っておくと立場が変わる条文があります。健康保険法施行規則第33条は「証明書の発行等」という見出しで、次のように定めています。
事業主は、保険給付を受けようとする者からこの省令の規定による証明書を求められたとき、又は第百十条の規定による証明の記載を求められたときは、正当な理由がなければ拒むことができない。
傷病手当金の事業主証明は、まさにこの条文が想定している場面です。省令の規定による証明書(第84条第2項第2号)を求めるか、申請書への証明の記載(第110条)を求めるか、そのどちらであっても、事業主は正当な理由がなければ拒むことができないと書かれています。
条文は「正当な理由」の中身までは定めていません。ただ、忙しいから、前例がないから、といった事情がここに含まれると読むのはかなり難しいと思います。この一文を知っているかどうかで、依頼するときの気持ちがずいぶん違ってくるはずです。
なお、これを盾に強く出るとうまくいく、という話ではありません。ほとんどの場合、担当者は制度を知らないだけです。責める材料としてではなく、社内で確認してもらうための手がかりとして渡すほうが、結果的に早く進みます。
まず、担当者に情報を渡してみる
証明が止まったときに進む順番
- 1担当者に情報を渡す記入の手引きと、自分が記入済みの1・2ページ目のコピー、申請期間を書いたメモを一緒に渡します
- 2加入している保険者に相談する協会けんぽの支部か健康保険組合に、いつ誰にどう依頼して、どういう返答だったかを伝えます
- 3労働相談の窓口を使う証明を書かないという対応の背景に、休職そのものへの当たりの強さがある場合です。総合労働相談コーナーは予約不要・無料です
小さな会社では、傷病手当金の申請を扱った経験がないことがめずらしくありません。総務が一人しかいない、社長が兼務している、といった職場では、書式を見たこともないという状態が普通にあります。
そういうときの「嫌がる」は、拒否というより戸惑いです。何を書けばいいのかわからない、間違えたら会社が責任を問われるのではないか、と身構えている。ここに必要なのは説得ではなく情報です。
依頼するときに一緒に渡しておくと話が早いものを挙げます。
| 渡すもの | 効き目 |
|---|---|
| 記入の手引き(協会けんぽのサイトからダウンロードできます) | 記入例と注意書きが載っているので、担当者が調べる手間が消えます |
| 自分が記入済みの1・2ページ目のコピー | 証明してほしい期間がひと目でわかります |
| 申請期間を書いたメモ | 会社が丸を付ける対象の期間が確定します |
伝え方としては、会社の負担にならないことを先に言ってしまうのが早いと思います。「健康保険から出る給付なので、会社にご負担いただくものではありません」の一言があるだけで、身構え方が変わることがあります。
誰に頼むかを変えてみる
もうひとつ試せるのが、頼む相手を変えることです。
社会保険の手続きを社会保険労務士に委託している会社は多く、その場合、証明の中身を実際に用意するのは社労士事務所です。担当者が「わからない」と止まっているだけなら、「社会保険の手続きをお願いしている先はありますか」と聞いてみてください。そちらに回してもらえれば、書式を見慣れた人の手に渡ります。
直属の上司に頼んで止まっているなら、総務や人事に直接連絡しても構いません。証明するのは事業主なので、窓口が上司でなければならない決まりはありません。逆に総務で止まっているなら、健康保険の加入手続きをした担当者が誰かをたどると、話の通じる相手に行き着くことがあります。
依頼するときの文面
件名:傷病手当金支給申請書のご記入のお願い
総務ご担当者さま
お世話になっております。○○部の△△です。
療養のため休職しております期間について、傷病手当金の申請をしたく、申請書をお送りします。ご記入をお願いしたいのは3ページ目の事業主記入欄です。
申請期間は令和○年○月○日から○月○日までです。ご記入いただく内容は、この期間のうち出勤した日と、出勤していない日に対して支払われた報酬の有無になります。
傷病手当金は健康保険から支給される給付ですので、会社にご負担いただくものではありません。協会けんぽの「記入の手引き」に記入例がありますので、あわせてお送りします。
ご不明な点があれば、協会けんぽ○○支部にお問い合わせいただくこともできるとのことです。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
最後の一行が案外効きます。困ったら聞ける先がある、と分かるだけで動いてもらえることがあります。
なお、申請書は申請期間が過ぎてからでないと出せません。会社の証明も、期間が終わってからの日付で書いてもらうことになります。長く休むときは、協会けんぽも「1か月単位で給与の締切日ごとに申請されることをお勧めします」と案内しています。毎月お願いすることになるので、最初の一回で段取りを作っておくと、その後がだいぶ楽になります。
それでも書いてもらえないときは、保険者に相談します
情報を渡しても進まない、返事がない、はっきり断られた。そういう場合は、会社との交渉を続けるより先に、加入している協会けんぽの支部か健康保険組合に相談してください。
正直に書いておくと、事業主の証明が得られない場合の手順は、協会けんぽの公表資料では案内されていません。記入の手引きにも、よくあるご質問にも、そういう場合はこうする、という記述は見あたりませんでした。ですから、ここでこう書けば通ります、という手順をお伝えすることはできません。個別の事情によって扱いが変わるところなので、状況を説明して指示を受けることになります。
相談するときに伝えるとよいのは、次のような内容です。
- いつ、誰に、どういう形で証明を依頼したか
- どういう返答だったか(断られたのか、返事がないのか)
- 申請したい期間と、その間に給与が支払われているかどうか
- 在職中か、すでに退職しているか
保険者の側にも、会社に確認する手段はあります。健康保険法第197条第1項は、保険者は厚生労働省令で定めるところにより、被保険者を使用する事業主に、第48条に規定する事項以外の事項に関し報告をさせ、又は文書を提示させ、その他この法律の施行に必要な事務を行わせることができる、と定めています。本人と会社のあいだで止まっている話が、保険者が入ることで動くことはあります。必ずそうなるとは言えませんが、一人で会社に催促を続けるよりは、相談してしまうほうが早いことが多いはずです。
会社を通さずに提出できる点も、押さえておいてください。協会けんぽの案内では、記入した申請書は加入している都道府県支部へ郵送する流れになっています。会社が取りまとめる運用にしている職場もありますが、それは社内の慣行です。3ページ目さえ埋まれば、あとは自分で出せます。
退職したあとの期間は、事業主の証明欄が空欄になります
もうひとつ、知っておくと視界が開けることがあります。
協会けんぽの記入の手引きには、事業主記入用のページの説明として、被保険者に向けた次の一文が載っています。
お勤め先の事業所に証明を受けてください。資格喪失日以降の期間に関する申請については、空欄でご提出ください。
資格喪失日、つまり退職した翌日以降の期間についての申請であれば、事業主記入欄は空欄のまま提出するという案内です。理屈としては自然で、退職後はその会社に使用されていないので、出勤した日も支払われた報酬もありません。証明すべき事実がないということです。
ただし、いくつか条件があります。退職後も傷病手当金を受け続けられるのは、退職日までに被保険者期間が継続して1年以上あり、退職日に傷病手当金を受けているか受けられる状態にある場合です。退職日に出勤してしまうと、この継続給付の条件を満たさなくなります。また、在職中の期間が同じ申請書に含まれていれば、その部分については会社の証明が必要です。
在職中の分で止まっているなら、期間を分けて申請できないかを保険者に相談してみてください。詳しい条件は退職後の傷病手当金にまとめてあります。
よくある渋られ方と、その背景
会社側の反応にはいくつか型があります。背景がわかると、返し方も決めやすくなります。
| 言われること | 背景として多いもの | 進め方 |
|---|---|---|
| うちはそういう制度をやっていない | 法定給付だと知らない | 健康保険の給付であって会社の制度ではないことを伝え、記入の手引きを渡す |
| 前例がないので書き方がわからない | 事務の経験がない | 手引きと記入済みの1・2ページ目を渡し、協会けんぽ支部に問い合わせられることも添える |
| 会社が責任を負うことになる | 証明の意味を誤解している | 出勤日と報酬の有無を書くだけで、支給の判断は保険者がすることを説明する |
| 忙しいのであとで | 優先順位が下がっている | 申請期間の締切と、毎月続く手続きであることを伝え、期限を切ってお願いする |
| 退職してもらってからにしてほしい | 在職中の扱いを避けたい | 在職中の期間の証明は在職中の事実についてのものだと伝え、進まなければ保険者に相談する |
どれも「書きたくない」ではなく「書き方がわからない」に寄っています。最初から対立の構えで入ると、かえって話が長くなります。
記録を残しておいてください
やりとりが長引きそうなときは、記録を残しておくと後が違います。難しいことではありません。
依頼した日と相手。 いつ、誰に渡したかをメモしておきます。申請書を手渡ししたなら、その日付も残しておいてください。
できればメールで。 口頭のお願いは、言った言わないになりがちです。対面で話したあとに「先ほどお願いした件です」と一通送っておくだけで、経過が形になります。
返答の内容。 断られた場合は、その理由として言われたことを書き留めておいてください。保険者に相談するときも、労働相談の窓口に行くときも、この記録がそのまま説明になります。
申請書のコピーも取っておいてください。自分が書いた1・2ページ目の内容は、後から確認したくなることがあります。
会社の対応そのものがつらいとき
証明を書かないという対応の背景に、休職そのものへの当たりの強さがある場合があります。休むと言った途端に態度が変わった、退職を持ち出された、周囲に病名を広められた、といった話は残念ながらあります。
その場合は、傷病手当金の手続きとは別に、外部の窓口を使ってください。都道府県労働局や労働基準監督署などに全国378か所置かれている総合労働相談コーナーは、解雇、雇止め、配置転換、賃金の引下げ、いじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントなど、あらゆる分野の労働問題を対象としています。予約は不要で、利用は無料です。面談でも電話でも相談できます。
相談したから会社に連絡が行く、という仕組みではありません。まず話を聞いてもらって、どこに持ち込める話なのかを整理するだけでも構いません。会社に何かを伝える前に、言い方を確認しておきたいという使い方もできます。
退職を持ちかけられている場合は、その場で返事をしないでください。書面にサインもしないでください。持ち帰りますと言って終えていい場面です。休職を伝える段階でのやりとりについては休職を上司や人事にどう伝えるかに整理してあります。
止まっているのは、あなたの落ち度ではありません
書類が進まないと、頼み方が悪かったのだろうか、もっとうまく言えばよかったのだろうか、と自分のほうを責めてしまうことがあります。体調が悪いときほど、その考えは強くなります。
けれども、ここで止まっている原因の多くは、あなたの伝え方ではありません。制度が社内で共有されていないか、担当者が扱ったことがないか、そのどちらかです。渡す情報が足りていなかっただけなら、手引きを一部添えるだけで動くこともあります。
そして、会社が動かないときの逃げ道は用意されています。保険者に相談する道があり、退職後の期間なら証明欄は空欄で出せます。会社の対応そのものがつらいなら、労働相談の窓口があります。ひとつの扉が閉まっていても、行き止まりではありません。
今日できることは、協会けんぽのサイトから記入の手引きをダウンロードしておく、それだけでも構いません。次に会社に渡すときの持ち物が、ひとつ増えます。
わたしたちは就労支援の現場で、会社とのやりとりで消耗してしまった方の話を聞きます。断られた側は拒まれたと受け取りますが、担当者のほうも前例がなく分かっていない、という場面は実際にあります。まず情報を渡してみて、それでも動かないときに保険者へ相談する。この順番で進めると、余計な消耗が少なくて済みます。
